2020.03.10

夢でいいから

2020/03/06

免許返納を考えてる、とか言いながら「車を飛ばそう♪」
と歌われる拓郎さんにも笑わせて頂きました。
昨年の名古屋の皆さんの様子を見る限り、
全然オッケーな曲だと思いますので、
楽しみにしております!
私が聞きたいのは、王様たちの♪ハイキングっ!
のフルバージョンです。
あ…チケット取れない気がしてきました(+_+)

新型ウィルス、早くおさまると良いですね(-人-)

ラジオネーム:そのこ(愛知在住、49才)

たしかに!
免許証返納を口にしておきながら
「チェックインブルース」を歌いたい!
などとホザイテおりましたねー
ついでに・・と言ってはナンですが・・
以下のような夢物語りを
頭の中で浮かべてニヤニヤ

いきなりの8ビートロックンロールで始まって
シャッフルやレゲエなどをまじえながら
とにかくバラードやスローな曲をすべてやらないで!
ぐいぐいノリノリの
「寄切り」もしくは「押し出し」時には「突き出し」
で攻めまくる!
そんなステージもやってみたい
多分・・客席は・・・。
きっと1曲目から立ち上がってしまった事を
「失敗したなー」と(笑)
アハハ・・今さら座れなくなっちまうもんねー
え?オレ?・・
うん、やれると思うよ。

 

 

| | コメント (0)

2020.03.04

読んでます

2020/03/03

早々(はやばや)とセットリスト案を
眠る前に頭の中で浮かべて・・ついつい目がさえちまう
現在僕のもとにはニッポン放送Tプロデューサーから
番組メルアド宛に届いたリスナーメール・ハガキが
週1くらいにまとめて送られてくる

「神奈川県川崎市 じゅんこ 36歳
先日ミュージックフェアで1974年の拓郎さんが
「おろかなるひとり言」を歌う映像が流れていました。
重々承知のこととは思いますが、言わせて下さい。
めちゃめちゃかっこいい!!異次元です。
もうこれはライヴで聞きたい聞きたい!!
そう思って祈るような気持ちで検索したところ、
作詞作曲吉田拓郎!
これはもうライヴで!!是非!!!」

う〜ん古いけど・・確かにあの頃以降は歌った記憶が?
「それも今のバンドでなら」なーんてニヤニヤ
いきなりオープニングでジャーン!なんてやったら
まるで新曲みたいに新鮮に演奏できそうだねー

「埼玉県所沢市 ラジオネーム:あかまきがみ
2月21日の放送で流れた女子高生の声私も可愛いと思いました。
女性も年齢を重ねると声が低くなり
先日、街角インタビューでラジオにプチ出演した自分の声が
気持ち悪かったです。
女子高生にバイト代を支払って拓郎さんのライブを行い
意見を貰ってはいかがでしょうか?」

アハハ・・本当に人間って古くなるって事から
逃れられないんだよなー・・きびしいねー
それで・「バイト料を払って」って部分が切ないねー(涙)
しかし真実をついてるよーうんうん大いに納得(笑)
あの時のインタビューで感じたんだが
彼女たちに限らず実はあの年代って昔から
(僕たちだってきっとそうだったんだと思うね)
人の言う事って(ましてや大人の話なんて)
聞いちゃーいねーんだよなー
まだ15年とか16年その位しか生きて来てないんだ
オッサンやオバサンの言う事なんて
「ワカリマセーン」って年頃なんだから
それでいいんだよ
それが青春の始まりって感じだったかなー
「あ〜それが青春〜」

楽しいメール・ハガキ送ってね 拓郎

 

 

| | コメント (0)

2020.02.22

ありがとう

2020/02/19

本当に大変な数の
メール、ハガキ、封書だった
目を通すだけで1日かかる量
「そうか・・言われてみて、うんいいかも」
という曲を何曲も発見して
新鮮な刺激を受けた
会場は取れるか
メンバーは確保出来るか
リハスタジオは空いているか
すべてが揃わないと動き出せない
4月から月に1回のレギュラー
その中で見えてくる

 

 

| | コメント (0)

2020.02.09

心が・・

2020/02/08

大阪へ!
の気持ちが
なんだか・・盛り上がってしまって・・
CD引っ張り出して
あれこれちょっとずつ!聴いてみる
次なるセットリストが頭に浮かび始める
去年と同様に
やはり自分の作詞にこだわろうか
オープニングは
まさかの「・・」で1曲目からバンド全開に
そして「あれ・・」を
まっすぐに最後なんだから
せっかくバンドサウンドがピークの今こそ
それに「しみじみ」あの壮大な1曲も
うっへ〜・・・こりゃー2時間半では
とてもとても・・おさまらない(笑)
まだ会場も決まってもいないのに
この興奮は・・果たして・・
実をむすぶ時が来るのだろうか
ま・こういうワクワクする気持ちって
ワルイもんじゃーないし
「天よ我に運を与えたまえ」かな

 

 

| | コメント (0)

で・・どう?

2020/02/06


大阪の会場は!
何と言っても僕のお気に入りの・・
他では歌わないよ
で・・どうなんだ?空き状況は・・
「神よ!私に最後のラックを!」

 

 

| | コメント (0)

2020.02.04

ミーティング

2020/02/03

ニッポン放送「オールナイトニッポンGOLD」
ミーティングを行った
今回も例のホテルのラウンジにて
まずは飲み物
僕は「季節のフルーツティー」を注文
リンゴ、オレンジ、ブルーベリー、ラズベリーに
キンカンなどの果実が入っているホットティーだ
これは初めての体験である・・うん美味しい
当然スイーツも・・「イチゴとピスタチオのムース」を
いつからだろうなー?こんなに甘党になっている自分(笑)
いやー本当に時は流れたんだよなー!実感(涙)
で番組は・・
もしかしたら4月からも・・(まだ未定という事に)
そこで去年の神田共立講堂スペシャルLiveの話題になって
「もし大阪でのステージが決まったら他は何処と何処へ
行きますか?」
「まず名古屋と横浜、東京は、やるのかなあー
他も会場がうまく取れるようならいいんだが・・」
「昨年の神田共立講堂は素敵なステージでした」
「うん、あれはスペシャル感もあったしね」
「どうですか?拓郎さんの決意が固まっている中に
もう一度、狭いけど楽しい神田共立も候補に入れては?」
「ああ・・いいかも・・ラジオ番組の延長としてね
また、セットリストも変えたり・・リラックスして
しかし・・こうやって話しているだけで
気分が乗ってきてノドが渇くねー(笑)」
イチゴとピスタチオのムースが小さかった!ので(大笑)
何かもう一つ甘いものを注文したくなる
いやはや・・本格的な甘党である。
メニューの中に「クリームあんみつ」ってのを発見
ニッポン放送のT君と二人「なあこれ食べようよ」
「そう言えば昨日の全豪オープンのジョコビッチ対
ティーム素晴らしかったねえ。
ウチの奥さん、いきなりティームの大ファンだってさ
ズベレフも好きになったようで、要するに・・
若い人って事だなー・・まあ気持ちはワカルな」
「拓郎さんは最近、気になる人っていますか?」
「あーそうねえ、朝乃山とか期待してるなー
それから十両優勝で見事にカムバックの照ノ富士は
元大関で序二段まで番付を下げてたんだから
きっとツライ事も多かっただろうなー」
「さて今度の番組ですが」
「前回、時間の関係で話せなかった
僕がただ一人!感動で最初から最後まで
心を掴まれてしまったアーティストの話。
広島から上京するキッカケになった事件の事。
絶対にオススメの映画の話。
大阪でのステージ実現に向けて今話せる事その時期
最後のツアーで
こんな曲を聴きたいというリクエスト
とりあえず、こんな感じかね」
話しながら「クリームあんみつ」を一気に
T君も僕も食べ終わって
「これ美味しかったなあ」と満足
次回のミーティングの楽しみが増えた
「そうそう僕ってさー中学、高校の頃ホントーに
お話にならないくらいモテなかったんだよ
これには当時所属していたクラブ活動が
いかにもモテそうにない部活だった事も
理由の一つじゃないか?って気がするんだけど
そこで現役の女子中高生の生の声を聞いてみたい
どんな部活にいる男子が人気あるんだろう?
それとも部活なんて今どき問題外で
ユーチューバーとか、ラッパーとか・・
聞いてみたいよなー」
オールナイトニッポンGOLD
2月21日金曜日22時〜24時放送

 

 

| | コメント (0)

むつかしいな・・

理想と現実は・・・
あらゆる可能性を追求してはみるが
「人間の本質」という現実が
大きな壁となって「そこにある」事が
いやーまったく・・人間なんてラララ
夢は夢でいいか・・。
なるほど現実というハードルは高い
・・・・・。
「よし!ならば」
自分らしく
辞めるモノは辞めよう
「そういう時である」事を感じて
健やかに穏やかに生きるために
もう時間は少ないんだ

| | コメント (0)

2020.01.22

ラジオ再び2020/01/20

2月に再度ラジオをやる事になった
前回、時間の関係で話しそびれた
「僕が本当に1曲目から最後の曲まで
心を奪われ続けるステージを演ったアーティスト」
たった1人だけ存在するのだが
実はその人は・・うん・・ま・・意外かな

日本の古くからの慣習となっている行事
世代を越えて引き継がれて行くべきもの
と同時に時代に合わなくなっているのでは?
と感じるもの・・
(今年の正月強く感じたのである)

そして今や「大阪で歌わないとアウトロ終われない」
という、我ながら「自分らしくない決断」のもと
そして「ついにアウトロを終え、ギターを置き
そこから降りる時」は2度と来ない!事を決意し
さて、大阪と名古屋だけ新幹線で通れば
「それで良し」とするか
もっと他の会場へも足を運ぶ事が出来るか

せっかく「大阪が火付け役」になって
時を置かず(こんな吉田拓郎も珍しい)
エンディングを決心しようとしているのだから
何としても「これ歌ってもらいたい」
ってリクエストがあれば
(吉田拓郎、作詞・作曲に限定してだが)
メール・ハガキで送ってほしい
ただし・・例によって、あんまり古い曲は
よほどの事でも無いかぎり、やる気が起きない
(去年の恋の歌はスカのアレンジで素敵に蘇った)
まあせめて80年代以後であれば・・って感じか

すべてのアウトロが終了して僕は何をしたいのか?
もちろん「音楽はやめない、倒れるまでギターの
そばにいる」は基本だから新曲&アルバム作りは
永遠のテーマである。
同時に僕は自分が上京して来た頃の新鮮な感覚を
自分の脳に蘇らせたいのだ
難しい事ではあるが「無垢な心根」だったあの頃
音楽に挑戦していた自分を可能な限り思い出して
(もちろん、あらゆる歴史が邪魔をして壁となるだろう)
そこから生まれて来るであろう新しい曲を
気心知れたミュージシャン達と演奏したり
その「音」を届ける事も考えたい
(カセットの話が「ここで出てくる」のだ)
あるいは「秘密裏」に生でライブするとして
そこには「あらゆる先入観を持たない」
客席を用意したいと考える。
小さな場所でいいのかも知れない。
そういうサークルって言うか・・
良い言葉がみつからないが・・メンバーか?
まあ、そんな空気感の新しい空間は可能か?
スタッフとミーティングを重ねている

さて番組は何度も言うがリスナーからの
メール、ハガキが中心であればあるほど楽しい
1:日本の慣習(我が家の慣習)これは今後も
続けたい。
2:日本の慣習(我が家の慣習)これは出来るなら
もう止めても良いと思っている。
3:拓郎ライブ「アウトロを君と一緒に」
で演奏してもらいたい曲を1曲リクエスト。
メール、ハガキ、そして長くて途中で疲れる便箋でも可。

ニッポン放送「ty@allnightnippon.com」
〒100-8439 ニッポン放送
「吉田拓郎のオールナイトニッポンGOLD係」
にて待っています。  拓郎。

| | コメント (0)

ミーティング2020/01/17

ハイクアウト森野氏とミーティング
某ホテルのラウンジだったが
メニューに最近ハマっているホットココアが・・
その下にアイスココアの表記がある・・
悩んだ結果、未体験のアイスココアを注文する
これが大失敗(笑)季節的にもホットだった
「ゼーンゼン美味しくネーノ」
もはやホテルと言えども
タピオカミルクティーとか・・それはないか・・
で「大阪で歌う決心がついたよ、行こう!」
「そうなると、他はどうします?」
「いつやるか?にもよるけど・・
まあ、会場がこちらの日程通りに取れるか
ミュージシャンのスケジュールもあるし
そんなに多くは無理だ」
「前回お気に入りだった宇都宮とか浜松
それと素敵な想い出が出来た名古屋は?」
「うーん・・そうかー・・そうだったねー」
アイスココアが残念だったので
ここで気を取り直してアイスカフェラテを!
「うん、今度は美味い(と言うか普通か)」
「旅ってのは最後ですか?」
「うん大阪は色々残念な想いが残っていたから
今回は番外的に決心したけど・・
去年やりきった感あったし、
やっぱりもういいよねってのは本音だから
アルバム創りだけに専念したいと思ってる」
「関東でのライブも?」
「うん、気が向いた時こっそりと新曲とかを
聴いてもらえる小さな場所とかは考えてもいい」
「限定的なものですね」
「そういう事だろうね」
甘いもの好きになった僕としては
このあたりでケーキとか考えたい
「モンブランなんて無いかなー」と
メニューをあらためて眺めると
抹茶モンブランってのが目に入る
「これお願いします」
これが・・大失敗(またか)
モンブランみたいなデザインをした
抹茶ケーキだった!
ま、そりゃそうだ・・抹茶モンブランだもの
「大至急メンバーと会場のスケジュールを
チェックして下さい
3、4、5月でアルバム制作を終わらせるから」
「了解、すぐにやりましょう」
「うん、で、次回のミーティングだけど・・
場所を変えような(笑)」
「・・・」

| | コメント (0)

2020.01.14

半歩でも前に

まずは春を待ちながら
書きためてある詩を整理して
各々を完成させる
10曲以上は揃うだろう
その段階で鳥山スタジオへ入り
武部と3人で「アレンジしながらRECする」
(今回ここが新鮮で心がはずむのだ)
「たーのしみだなー」
今回はサウンド作りに凝るつもりだから
バンドサウンドは目指さない
(また古くさい事しか受け付けられない
コマッタ輩があれこれ言うんだろうなー)
「どーけどけそこドケー」だ!
これまで通りに自分の信じる道を前に進む
(カッケーナーと自分で言う
年の初めだ!言いたい事言うぞー)
で、アルバムが完成したら
「おいおい・・大阪へ!って話があった」
うん、本気で行きたい!と思うんだ
何としても最後に大阪でも歌いたい
昨年末に一人旅で広島へ行ったのが
大きな確信へとつながったようだ
今週ハイクアウト森野氏と会う
会場は?メンバーのスケジュールは?
何ヶ所の旅になるか?
「その旅」は「いつ」始められるか?
かくして2020年は始まった
どなたも体調に充分ご留意されて
健康な日常を、穏やかな日常を
愛のある時を感じながら
その時は必ずやって来る
「アウトロを君と共に」
その日まで
   2020年1月 拓郎

| | コメント (0)

2019.11.30

ちょっとラジオ

「ラジオでナイト」を終えたのは
ライブのリハーサルと両立が困難との判断だった
2年間やり通した感も充分にあった
自画自賛になるけれど「いい番組」だった
あの番組から多くの学びを得たのは事実だ
メール・ハガキによるリスナーとのやり取りは
まさに70年代の深夜放送のそれだった
僕は「ラジオ」については持論がある
相容れない方もいらっしゃるだろうが
僕も「引き下がれない」持論がある
ラジオをやる限り「ここは曲げない」
沢山のメール・ハガキ待っています
出来るだけ読みたいと思っています
  2019・11・30  拓郎

| | コメント (0)

2019.11.25

アナログ

「コピペは無くならないよなー」
「会員制の暗証番号付きのホームページであっても
 同じことでしょうね」
「であればサ、デジタルなんて言ってないで思い切って
 アナログに戻ってねー、そうだな、カセットテープだ」
「え!今さらカセット?」
「会員の人たちには僕から年に何回かカセットによる
 声の便りとか歌の便りとかを送ったり
 ペーパーによるエッセイも付けて
 時には逆に彼らからの声の便りもいただく」
「うへーまさにアナログですねー」
「うん、逆に今こそ青春のカセットテープへ回帰だね」
「でも・・カセットテープを聴くプレーヤーって
 今どきは持っていない人が多いでしょうねえ」
「今はカセットプレーヤーってポータブルな物で
 高くても5千円以内で購入できるよそれこそネットで」
「会員制クラブから配布するってのもアリですね」

「この頃少々ウンザリなんだよねー
 誰も彼も共有だ検索だツナガリだ・・だろう?
 もっと他人を意識しないで密やかに生きられんのか!
 ってな気分なんだよね」
「元々信用してないですよねネット限定のニュースとか」
「音楽だけをシンプルに共有するって事はサ、つまり
 心を1つに出来る者同士でわかり合えていれば・・
 それだけでいい!と思うんだよなー
 この場合「拡散(かくさん)」は無用だと思うんだ
 広島から上京して来た時から僕の大切にしてきた事
いわゆる「少数派の美学」ってやつだよね」
「で吉田拓郎は、そうやってアウトロを完走したいと」
「うまい事言うねえ、どうだろう実現の可能性は?」
「少し時間くださいスタッフも含めて考えます」

| | コメント (0)

この冬は

この時期なると南側ベランダの花を
夏のハイビスカスや琉球朝顔から
ラベンダーに変えるのだが3220
今年は馴染みのフラワーディレクターが
「メキシカンセージ」という花を
植えてくれた
思わず心が華やぐじゃないか!

毎朝妻と朝食しながら
(我が家は昔からパン食党だ)
「ねえアリアナ・グランデいいね」
「カミラ・カベロも好きだよね」
なーんて話しに夢中になりながら
(ただしいつも音楽の話しをしているわけ
ではなく・・ほとんどは・・ここに書けない
レベルの・・ま・そんな話題が中心である)
さて、そんな時に
ふと窓の外を見るとメキシカンセージが
元気いっぱいに咲いている
それだけで今日1日ヨロシク!って感じだ

| | コメント (0)

2019.11.13

広島への旅

午前11時過ぎの「のぞみ」に1人乗る
ハイクアウトのお気使いで隣の席は空いている
「まあ4時間の旅だ、ゆっくり景色でも眺めていよう」
考えてみると今年ツアーで名古屋まで新幹線に乗ったが
2008年(だったかなあ?)に広島修道大学に
歌碑が出来たっていうので広島へ向かった・・
あれ以来ではないか?(記憶に自信は無いが)
まあともかく10年ぶりの広島って言ってもいいわけだ
しかし新幹線から見る景色って「あんまり変わってない」
景色が飛ぶように走り去るからでもあるんだろうが
結局「じっくりと懐かしさ」なんて感じていられない
「あの頃は体調が悪くてつらい日々が続いていたなあ」
そうそう・・大阪で瀬尾一三グループとのライブへ
向かう途中だった!東京を出発した瞬間から変調を感じ
名古屋で緊急に途中下車し、ホテルをとって休んだのだ
夕刻になり「何とか大阪まで行けそうだ」と再び新幹線
大阪でも飛び込むようにホテルへ入り大阪イベンターの
用意してくれた夕食を簡単にとって「明日に備えよう」
と睡眠をとる事にし睡眠導入剤など飲んで休んだ
翌日起床して「昨日よりは良さそうだ」と
会場入りしリハーサルをやってみた・・が・・無理だ
立っていられない、身体に力がわかない、声も変だ
しばらく楽屋でスタッフと話し合った・・結果・・
「残念だがとても無理なようで中止はやむお得ない」
という結論に・・悲しかった・・心で泣いた
ホテルへ戻ってしばらく横になっていたが
「明日また帰りの新幹線で体調を崩してしまうのでは」
もちろん飛行機なんてとても乗れないし
例えばこれから車を用意してもらって・・
車なら不調になったらすぐ止めてもらい
休息を取りながらでも時間をかけて進む事が出来る
今出発すれば明日の朝までには東京に・・
当時のヘアメイクM君とハイクアウトお抱えのH君
二人の運転技術を見込んで「たのむよ」と
3人でワンボックスカーに乗り込み
「消え去るように」大阪を出発したのだった
この時の胸中は実に複雑で
言葉に出来ない寂しさと空しさ申し訳なさ
そして何とも説明不能な「恥ずかしさ」という
複雑な気分におおわれていたのを覚えている
2007年の「カントリーツアー」途中での中止
翌年2008年少し体調が良いと感じ広島の歌碑参加
そして2009年瀬尾グループとの
「Have A Nice Day ツアー」途中の中止
実に苦しい切ない日々が続いていた時期だった

車内で「今の気分にマッチしない想い出が」が蘇る
それにしても・・客席を見渡すとある事に気づく
「外国人旅行者」と見られる人々がヤケに多い
皆さん国籍も色々のようにお見受けする
そしてどなたも手荷物(ゴロゴロ付き)が多い
だけでなくそれぞれに本当に荷物がデカイのである
さて?と考えてみる・・
オリンピックにはまだ時間があるし
あ!そうかラグビーだ、ワールドカップだったな
ジャパンも頑張って盛り上がった「ワンチーム」だね
その観戦に世界中から集まったファン、旅行者が
ついでにジャパン観光ってわけなんだな
なるほど解せた
しかし・・ラグビーワールドカップでこのくらい
って事は来年のオリンピックの頃は
こんなもんじゃないよなあ
「その期間中は家に居よう」と常々ウチの奥さんに
念を押してみたりするのだが
「別に宣言しなくても二人はいつもウチに居るじゃない」
と正論を告げられて「ま、そういう事だよね」と・・

名古屋に着いた
「素晴らしいステージがやれたよなあ満点の出来だった
そして夜の食事会も忘れられない」
バンドの連中からも今もメールとかで「それとなく」
次なる時の話題を送って来るのだ
考えちゃうよなー俺だって「元気だしなー」

4時間、途中で僕的にはジャンクな飲み物コーラを
何年ぶりかに飲んだりして楽しみながら
(ちなみに我が家の冷蔵庫にはその種の飲み物は
いっさい存在しない、健康のため・・
という事になっている)だから旅も、たまにはいいね

窓の景色を追いかけているうちに広島に到着
元ダウンタウンズ(略してD.T)のドラマー
K君が迎えに来てくれた
そのまま、これまた何年ぶりかの「墓参り」直行
そして姉の家に挨拶に行き・・さあ目的のD.T夕食会
「おー元気じゃったかー、どしたんない?
お前ちょっと頭が薄うなっちょらんか?」
いきなり僕も広島弁丸出しなのである
不思議だねえー・・広島弁って東京では絶対に
出て来ないし、忘れて暮らしているんだが
広島の友人達と話し始めると何故か一気に
広島弁になってしまう
「だってサー」とか「ナニ言ってんだよ」ではなく
「ほいじゃがのー」とか「ナニ言いよるんない」となる
で、2時間ほどビール2杯と日本酒1カップだけで
大いに盛り上がり笑いが絶えないのだった
4人で夕食会に入る前に話し合ったテーマがある
「ここで自然に4人で会話をし始めると間違いなく
ここが痛い、あそこが悪い、薬がどうした、
残りの生き方、人生の重さ・・・
そういう話題が集中する事が目に見えている
そこで提案、今夜は現在の話題は絶対に出さない!
今の話は今夜はしない!可能な限り思い出して
今夜我々は50数年前のD.T時代を思い出しながら
その頃のエピソードを語り、また今日まで話さなかった
秘密があるなら今夜ついにバラそうじゃないか」
という大テーマで夕食会を始めたのだった
彼らが言う「ワシラも同窓会とか出たりしたってのー
結局は体がどうしたとか病院がどうのとか
最近は物忘れがどうじゃとか・・
そんなんばっかりでのー・・つまらんわいや
おまけに誰が先生で誰が生徒か区別がつかんように
皆んなジジババになっちょってのー・・」
まさに同感である、だから今回のD.T最後の夕食会は
そんな話題に終始するなら「やらない」ほうがいい
全員一致で「今夜は青春時代の思い出だけ語ろう」

いやーそれにしても出てくる出てくる・・
「オマエ、俺らに内緒であの娘と付きおうとったんか」
「何ー・・オマエはまだあの頃はcherry boyじゃろ?」
「あの有名な美人喫茶でのダンパーで演奏した夜に
ママさんと一緒に車で帰るお前の姿をワシは見たぞ」
「あの娘にだけは、さすがに誰も手は出さんと
思うとったのに、タクロウ!お前はまさか・・」
(名前を出すな!)
「銀行で働いとった女子が二人おったろうが?
ワシャーあの二人の給料日になると毎月のように
金を借りてのー、ほいで、その金で他の女子と
デートしたりラブホ行ったりよー・・
いま思うにワリー事したのー・・
ほいじゃが金はもう返さんけどのー」(全員・大笑い)

結局、当時、中国地方R&Bロック部門2年連続1位の
我がダウンタウンズの面々は
やはり記憶通りのヤンチャ坊主で特にgirlsに興味津々
一人は広島大学政経学部の秀才
一人は広島マツダで働く真面目な勤労少年
一人は銀行員として日本経済に関わる若者
そして最後の一人はごく普通の大学生として
ひたすらに音楽に情熱を燃やし続けた僕
(こいつは勉学には全く励んだ様子は無い)
こんな集団だった4人が
音楽の事になると目の色を変えて追求した
コーラスを含むバンドアンサンブルにこだわった
貧乏だったがバイトしながら当時としては
若者には手の届きそうにない高価な楽器を持った
そして音楽のそばに必ず少女たちの姿があり
彼女たちと共に成長していたのだ

今回4人で最後になるであろう夕食会を開き
「何故あの時あれ程バンドに夢中になれたんだろう」
当時は今の吉田拓郎は存在しない
4人がまったく同列に音楽に接していた
人生には「こんな偶然と奇跡」が生まれる事もある
「もう会えないかもしれないな」
「今夜が最後になるのかな」
「今の気持ちを何と言葉で表せばいいんだろう」
「別れの言葉なんて言いたくないな」

そして誰かが言った
「もしこれから先、我々が顔を合わせる時が来て
それが誰かの葬式だとしたら・・そんなのはイヤだ」
「うん、俺もイヤだ」
「そうとも俺も葬式なら行かない」
「だったら・・会えるうちは、会おうじゃないか」

帰りの新幹線で気がついた事
さすがにオリンピックが近いせいか
それとも僕がずいぶん乗っていなかったからか
車内放送の「英語」がテープの時もあるが
車掌かなと思われる男性が流暢に話す
かと思うと車内サービスの案内嬢が
「特製のスイーツにチョコレートアイスなど
ご用意いたしております」
「以前にはこんなサービスは無かったよなあ
あの頃は浜松のうなぎ弁当とか・・」
アハハ・・よせよせ!時代が違うんだよ
楽しく有意義な広島への旅となった
   2019年11月8日  拓郎

| | コメント (0)

2019.10.27

同窓会

東京へ出てきて50年近くの時間が経ってしまった
70年代初期、時代はフォークソングだったが
僕の原点は広島時代に黒人R&Bやそれらをルーツにした
ロックバンド「ザ・ダウンタウンズ」での経験だった
(しかし世の中は広島フォーク村出身という事の方に
関心が強く、そういう空気から僕自身も積極的に
ボブディランを語るシーンが多かったが
ディランでさえ、もはやフォークなんてジャンルに
何の興味も無いスタンスでロックしていた)
4人組の僕らは「スタイル」こそビートルズや
ストーンズの影響もあったが
演奏する曲は当時広島では誰もまだ強い関心を
示していないオーティスレディングとか
フォートップス、ウイルソンピケット等の
まさにR&Bが中心のレパートリーで
今考えると相当に「先を行ってた」感がある
それでも親衛隊の女子高生達が応援していたのだから
広島の女子は音楽的に進んでいたと思う
さて月日は流れ・・あの青春のダウンタウンズも
70歳を過ぎる年齢になってしまった
幸いな事に4人ともとりあえずは生きている
(僕だけでなく大病を経験したり様々な人生を経て
彼らも現在に至ったのだろう)
「もう会えないかもしれないな」
「4人が一緒になんてもう無理かもね」
「思い出はいっぱいあるし、たとえ会えなくても
それを胸に、残りの人生を生きるかなー」
なんてメールでやり取りしていたら・・
「おい!会おうよ!最後に4人で会おうよ」
という事に突然まとまったのだ
そうなると4人で話したい事が山ほどある事に気づいた
3人は当時僕の事を「本当はどう思っていたんだろう」
「吉田は女の子にモテんなあー」だったのか?
「後に東京でこんな男になる」なんて想像していたのか?
もしあの時渡辺プロダクションに受け入れられていたら
皆んなも上京して「プロになっていたのか?」
だった・・としてダウンタウンズは解散もせず
現在まで頑張って来られただろうか?
多くのバンドがそうだったように我々も解散していたら
(GSのブームは短かったし)
その後3人はどんな道を進んでいた?と思うか
いやいや・・もっと大切な事がある
あの可愛かった女子高生を本当は「ネラッテいたのは」
誰だったのか?(もちろん僕はすでに白状しているのだが)
そして最後に「まさか吉田の知らないところで
3人のうちの誰かがあの子を・・っていなかったか!」
これはもう大問題である!
あーあ・・4人で会うのが怖くなってきたぜ(笑)

| | コメント (0)

2019.10.01

追加した

ここに以前アップしたツアーのライナーノーツ
少々の書き直しや追加を加えて
DVD・Blu-rayに付録する事にした
これを読んで今一度ビデオを観ると
新たな見方も出来ると思う
それと「アイ・ライク・ユー」という
メッセージを付け加えた
そのまま「僕はアナタが好きです」となる
笑いながら読んでほしい
いずれ明らかになる(予定でいる)
今後の「半歩でいいから前」につながる
第1段階のステップとでも言うか・・
そう、こんな事も考えたりしている
って「お手紙」です(笑)

| | コメント (0)

2019.09.24

僕も待ち遠しいのだ

10月に発売になるビデオ「LIVE 73 YEARS in NAGOYA」
先日のテレビオンエア映像とは少し編集に手を加えて
違うシーン・カット割りをやった
リハーサルドキュメントで武部聡志が話していた
「今回は最終日まで皆さんがお気づきにならないレベル
の事も含めて微妙なアレンジ等の変更がありました」
という言葉の通り映像にも細かい変更を加えた。
それにしても今回のツアーバンドメンバー
ステージ制作スタッフ、映像、音声制作チームの諸君の
努力には頭が下がる、皆んなに心から「ありがとう」
Blu-ray&DVDディスク「LIVE 73 YEARS-in NAGOYA」には
スペシャルEPディスク「てぃ~たいむ」
(あぁ,グッと・わたしの首領・わたしの足音2019
・運命のツイスト)4曲収録
それにコンサート本編(多少のMCも挿入)にプラスで
テレビオンエアされなかった
「スタジオリハーサル映像と宇都宮、名古屋の
リハ+楽屋風景、やさしい悪魔演奏シーン」等が入っている。
つくづく思うのは・・
「バンドって本当にいいものだな」
皆んなの笑顔が素晴らしい
心から音楽を愛し歌い演奏している姿は美しく映る
こんなに1つになれたツアーが誇らしく思える
「こんな素敵な奴らと一緒だったら・・また・・」
アハハ・・そう考えてしまう気持ちを抑えるのは難しい
だってね・・ギター弾きながら歌ってる僕
幸せそうで楽しくて仕方ない感じなのだ
「音楽をやめない、音楽の中にいる」ステージで誓った
「約束なんて破られるから美しい♪」ってのは
この際は撤回だ

| | コメント (0)

2019.09.09

DVD・ブルーレイと付録

今年のツアーの旅先でバンマスの武部君と話した
「ボーカルチームが2016年の頃よりはるかに
バランスが良くなってアンサンブルが素晴らしい
この4人と拓郎とで面白いレコーディング出来ないか」
ちょうど新曲「運命のツイスト」をスタジオ録音しようと
思っていたし「わたしの足音2019」もやりたかった
ずっと以前に「ぷらいべえと」ってアルバムで
(当時は諸事情でとっさのアイデアだったが)
他の人への提供曲もカバーしたり
遊びが入ったリラックス録音だった
そんな楽しいレコーディングがやったみたい
「以前にアイドル達に提供した曲を僕らでやれないか」
候補曲が6曲ほど上がって武部君と試聴しながら
「最終的に2曲で充分に楽しい」と結論に達した
選んだ曲は「ああグッと」「わたしの首領」だ
レコーディングで特に「わたしの首領」には全員で笑った
歌詞と僕達があまりにマッチしないのだ(笑)
特に土居君の低めのボイスはニンマリせずにはいられない
もちろん73歳のジジイも歌うんだからお腹がよじれる
あんまりマジに受け止めないで楽しんで聴いてほしい
で・・このスペシャルEP盤は僕のアイデアで
近く発売になるDVD&ブルーレイの「Live73years in Nagoya」
に特別付録で付ける事にした
このライブ盤にはオンエアでは使われなかったステージ中での
MC映像も何か所か挿入される
又これもオンエアされなかった部分のドキュメント映像と
バンドとボーカルチームがリハーサル中に
神田共立講堂ライブ用に向けてビシッと決めた
フル映像の「やさしい悪魔」も入っている
10月末発売お楽しみに

| | コメント (0)

2019.08.20

REC楽しかった

ツアーメンバー勢揃いで1発同時録音をやった
リズムセクションは素晴らしく躍動的で満足
ボーカルチームもライブさながらの勢いで
僕の大好きなサウンドになった
「私の足音2019」「運命のツイスト」と
「・・・」と「・・・」4曲に絞った
「・・・」2曲はまだ内緒(笑)
昨日別スタジオでボーカルダビング
「・・・」2曲はボーカルチームと僕が一緒に
ハモったりソロったり実に楽しい愉快なRECだった
特にそのうちの1曲は某可愛い(当時)アイドルの
曲なので僕を筆頭に年齢的なギャップが大!
これはもう是非是非!お聴きいただきたいのだ
このアンバランスが「抱腹絶倒」間違いなし
昨日スタジオで僕は笑いすぎでお腹がねじれて
思わずスタジオのソファーに倒れたままだった
「ぷらいべえと」の続編とも言えそうな4曲
さて、この「超!貴重なる録音」は
どうやって聴いていただくか?
それもまだ内緒!

| | コメント (0)

夏休み

鹿児島にいた時代(生まれて小学2年いっぱい住んでいた)
父親に連れられて「谷山(たにやま)」って駅から
電車でデパートなどがある繁華街「天文館(てんもんかん)」
に行くのが楽しみだった
そんなに豊かな生活ではなかったから
僕の欲しい物とかはなかなか買ってもらえないのだが
「父ちゃん、あれが欲しい、買って買ってー」と
ねだるだけでも楽しかった
父親は「よーし待っていろよタクちゃん!
もうすぐデパートごと買ってやるからなー」なんて
僕を喜ばしていたが・・
ついにデパートを買ってもらう事は無かった(笑)
小学校は谷山にある谷山小学校に通っていた
宮崎静子先生というキレイな先生に可愛がってもらった
身体が弱かったから学校を休む事が多かったが
それだけに通学できる事が嬉しくて仕方なかったのだ
宮崎先生が通知表に
「休む事が多かったけれど勉強は良く頑張りましたね」
と書いてくださった事を今でも忘れない
「夏休み」が谷山駅で流れるというニュースを知った
「あー嬉しいなー」素直に喜んだ
谷山小学校をその後2回訪問した事がある
1度は妻とその母と3人で沖縄~鹿児島旅行をした時
(映画フィールドオブドリームスに刺激されて)
そして2度目はテレビの旅番組だった
その時はちょうど夏休みで校庭は閑散としていたが
数人の子供たちが僕を「テレビで見る人」として
(Love2あいしてる、の影響だと思う)
取り囲んで来たので「オジサンもここに通ったんだよ」
と手をつないで笑いあった
「姉さん先生もういない、きれいな先生もういない」
あー本当に幸せな懐かしい想い出である
「夏休み」は宮崎先生が作らせた歌と言えよう
姉さん先生が「書かせた絵日記」なのだろう
鹿児島の谷山駅
もう訪ねる事は無いのかも知れない
鹿児島の古い人たちなら覚えているだろう
僕が乗った、あの「谷山から天文館への電車」は
通称「ボギー」と呼ばれていた
と・・かすかなる記憶にあるのだが
「夏休み」のような夏は・・もう来ない

| | コメント (0)

«ツアー・ライナーノーツ6